◇はじめに◇
日本には古くからの知恵が伝わっているのもかかわず、現代では失ってしまったり、また忘れてしまったりしていることが多くあります。寺院という存在もその一つで、近年では『葬式仏教』などと囁かれることもあります。しかし本当の寺院には、生きとし生けるもの全てが救われる空間であり、そこには生死を超越した有り難さを表現されていなければないと思います。
現実の問題として、平成のこの世に人々から浄財を募り、多額の費用を掛け、本当の寺院を復興するは並大抵のことではありません。文化価値の高い建造物は公からの補助があり、それなりの維持がなされています。しかし、地方の寺院になるとなかなか現実は厳しく「檀家の数が多ければ楽」というものでもありません。檀家という制度は寺院維持の為には大きな力を持っていることは事実ですが、それぞれの家の信仰意識の違い、平均を求める心理などが働き、昔のように「我が寺の為に!」という奮起は大変な作業です。
その意識を低くした原因は「僧侶の怠慢」と「檀家制度の限界」があります。でもそこを嘆いても始まらない…ならば寺院が持つ本当の魅力、役割を住職が信念を持って存分に布教していくしかないのです。私は稀にみる若さで檀家寺の住職になりました。「若いからねぇ」との後悔とため息を「若いからこそ」のパワーに変えて奮戦しております。是非とも、この事業を一部でも知って頂き「自分たちの寺院とは何か?」と考えて頂きたいと願っております。

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